東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)237号 判決
一 請求の原因一ないし三、四1の事実は当事者間に争いがない。
二 取消事由(1)について
第一引用例の記載内容が審決摘示のとおりであり、本願発明の記録媒体、印刷ヘツド11、液体溜め12がそれぞれ第一引用例の記録シート11、スタイラス10、インク貯蔵器18に対応すること、本願発明と第一引用例記載の発明において、液体溜め12(インク貯蔵器18)が可動の印刷ヘツド11(スタイラス10)と一体として形成され、印刷ヘツドとともに動く点及び印刷ヘツド内に出口通路があり、この出口通路と液体溜めを結ぶ液体通路がある点において一致すること、両者の記録原理が請求の原因四2(一)のとおりであることは当事者間に争いがない。これらの事実と成立に争いのない甲第二号証の一ないし三、第三ないし第五号証(本願発明の出願当初の明細書及び図面、昭和五〇年二月三日付、昭和五四年六月六日付、同年一二月六日付各手続補正書)、第六号証(第一引用例の特許公報)によれば、本願発明ではポンプ室内の圧電素子13に電圧による制御信号が加えられている間は右圧電素子のポンプ作用により、液体溜め12からポンプ室に送られたインキを出口通路を経てノズル15から外部の記録媒体に噴射させ、右信号が加えられていないときはポンプ作用はなくインキの噴射は抑制されるのに対し、第一引用例記載の発明では記録ペン17とその先端が接する記録シート11との間に電圧による制御信号が加わると、クーロン引力によりインク貯蔵器18及び記録ペン17内のインキはスタイラス10の出口通路(スリツト23又は線ループ30)から記録シート11上に流出し、制御信号が加えられていないときは右インキの流出は抑制される構造であること、このように両者は記録方法が全く同一でないとはいえ、ともに液体インキを用いた記録方法を採用し、液体溜めと出口通路を有する印刷ヘツドが一体となつて可動し、電圧による制御信号が働くときに液体インキが外部に噴射又は流出することによつて記録をする装置であることにおいて変るところはないことが認められるから、両発明に係る装置はその基本的技術思想を共通にしているものということができる。
原告主張の気泡の問題は、後記三1の認定によれば、液体溜めに接続する印刷ヘツドが速やかに運動しつつ記録する装置においては避けられない現象というべきであるから、ひとり本願発明の装置だけでなく、右両者を備える第一引用例の装置でも生じ得るものと推定できる。そして、同装置では後記三2において述べるように、スタイラス10のスリツト23又は線ループ30の毛細管現象によつて気泡を阻止しているのである。したがつて、気泡が本願発明の装置においてのみ生ずることを前提として、両発明が全く別異のものとする原告の主張は採用できない。
しかして、本願発明と第一引用例記載の発明が審決摘示の相違点(イ)において相違していること、複数の出口通路にそれぞれのポンプ室を接続したインキ噴射プリンター用印刷ヘツドが本願出願前周知であつたことは当事者間に争いがないから、右周知の装置を第一引用例の装置のインク貯蔵器18(印刷ヘツド)に転用し、複数の出口通路とポンプ室を設けることは当業者が容易になし得るところというべきである。
以上のとおりであるから、原告主張の取消事由(1)は理由がない。
三 取消事由(2)について
1 前掲甲第二号証によれば、従来のインキ噴出プリンター装置では、液体溜めを可撓性ホースで印刷ヘツドに接続してインキを移送していたが、印刷ヘツドの運動速度が速いため、それに伴う液体溜めの振動によりインキ中に空気が混入して気泡となり、これがインキの噴出を妨げていたため、本願発明はかかる欠陥を排除し、ホースを用いることなくインキを印刷ヘツドに供給することを目的としていること、本願発明の特許請求の範囲に記載された液体溜め12からポンプ室への液体通路27に設けられた泡材料エレメント32に関し、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、「本発明の好適な態様は、液体が液体溜めからポンプ室へ流れる通路にフイルターが配置されていることである。またもう一つの好適な態様は液体溜めの中にフイルターが配置され、フイルターが液体溜めの全体または一部分を満たしていることである。」と記載(三頁一七行ないし四頁二行)及び前者の態様につき「印刷ヘツドの中につくられた通路27は、液体溜めの底30にある穴29によつて溜めの中の液体と通じている。穴29の中には環状の支持体31があり、その上にフイルタ32が乗つている。フイルター32は、多孔性の材料でつくられ、発泡性の材料例えば泡ゴムあるいは海綿状プラスチツクでつくられる。上記材料の気孔の大きさは、液体24の毛管として働く程度の大きさである。フイルターの気孔は、常に液体で満たされている。このことはすなわちフイルター32を通つて通路27へ空気が入つていかないということである。フイルターは長時間にわたつて空気と接触しても、毛管としての力が大きいので、空気はフイルター32を通つて通路27の中へ入つていない。」との記載(五頁一五行ないし六頁八行)があることが認められる。
右の記載によれば、発泡性材料のような多孔性材料から作られたフイルター32の気孔が毛細管として機能し、その毛細管現象により液体溜めから送られるインキを常時その内部に満たし、空気(気泡)の通過を阻止していることが認められる。
2 他方、前掲甲第六号証によれば、第一引用例には「インクペンの技術を調べることにより、記入中絶えず一様なインクの流れを保証する為に使用される共通の特徴は毛管であることが判る」(第三欄二四行ないし二六行)、「ニブ中のスリツト23は毛管現象を使用して分配ブロツクからスタイラスの先端へインクを運ぶ作用をする。」(第六欄六行ないし八行)、「液体インク記号装置は通常インクの一様な連続した流れを保証するために毛管を使用している。」(第七欄七行ないし八行)、「毛管現象は連続した一様な流れを保証し」(第七欄一六行)と記載されていることが認められる。
右の記載によれば、第一引用例記載の装置においては、スタイラス10先端に設けられたスリツト23又は線ループ30の毛細管現象を利用することにより一様な連続したインキを運ぶようにしていることが認められる。
しかして、右装置においてもインク貯蔵器18とスタイラス10は一体として可動のものであるから、インキ内に気泡が生ずるおそれがあるということができるのであるが、前記1の本願発明の明細書中の毛細管の機能に関する記載によれば、毛細管には常時液体が満たされており、これにより空気(気泡)の通過が阻止されるのであるから、第一引用例記載の装置にあつても、毛細管現象を呈するスリツト23又は線ループ30はインク貯蔵器18に気泡が発生してもその通過を阻止する機能を有するものと認めることができる。したがつて、これに反する原告の主張は採用できない。
3 次に第三引用例について検討する。成立に争いのない甲第八号証によれば、第三引用例には点滴書字装置のプリントヘツド用フイルタ装置として、ノズル孔26とインク供給タンクに接続されている可撓管24との間にフイルタ39が設けられており(別紙図面(三)参照)、右フイルタを設けた理由に関し「微小片を阻止するための、点滴書字装置のプリントヘツドのフイルタ装置であつて」(特許請求の範囲二七九頁左欄五行ないし六行)、「普通用いられるこの種装置は、書字用流体をポンプに供給する流体溜めを有している。ポンプからの吐出流体は、プリントヘツドの一部をなすノズルへ供給される。米国特許第三、三四六、八六九号に記載されたように、ノズルオリフイスは、〇・〇二五~〇・〇六二五ミリメートル(〇・〇〇一インチ~〇・〇〇二五インチ)という非常に小さい直径のものである。その結果ノズルの目づまりの問題がある。」(発明の詳細な説明(以下同じ)二八〇頁左上欄七行ないし右上欄一行)、「経験上、フイルタをノズルから下方ラインに置くことによつて、微小片が、フイルタとノズルとの間で流動系統内に混入することが判つた。これら微小片は、各部分を組み立てる時に出来る切くずであつたり、また組立中に他の方法で系統内に入つてくるものである。防護手段を講じたりまた各部分を組立てる際に注意深く手順を選んでも、微小片がフイルタの下流部に入り、これがノズル目づまりおよび系統故障の原因となる。」(二八〇頁左下欄二行ないし一〇行)、「本発明のフイルタは、四〇ミクロン台(一ミクロンは約〇・〇〇〇〇三九インチに等しい)の微小片を除去するように意図されているから」(二八〇頁左下欄一三行ないし一五行)、「このフイルタ装置は、書字用流体中における微小片がノズルオリフイスに到達するのを防ぐ」(二八〇頁右下欄一一行ないし一三行)、「本実施例において接合管41内に設けられた入口室40の断面を覆うように、フイルタ39が取付けられている。該フイルタは、一般的に円錐形として図示されているが、本発明ではその形状は如何なるものでもよい。限定的でなく例示としては、長方形やピラミツト形が考えられる。」(二八二頁左上欄九行ないし一四行)、「一実施例では、フイルタは、ポリアミドで作られていて、その周縁が、スチレン変成ポリフエニレンオキシドで作つた接続管41に鋳込まれている。ここで考えられている多孔性を持ち且つ室内に置かれたフイルタを支持するのに、……」(二八二頁左下欄六行ないし一〇行)、「本発明は、四〇ミクロン台の有孔度をもつフイルタを、点滴書字装置のノズルオリフイスに極めて近接して設置可能ならしめるということが明らかである。オリフイスは一二ないし七五ミクロン台の比較的小さいものであるから、比較的小さい微片が目づまりの原因となる。オリフイス直径の二分の一程度の微片を止め得るような微小の孔をもつように、フイルタ39は選ぶ必要があると考えられる。したがつて、普通の流体系統では比較的清浄状態と考えられるものは、本発明の点滴書字装置においては、やつかいなものとなる。オリフイスの目づまりとなる微小片を除去するフイルタを、オリフイスの比較的近くに設置できることによつて、微小片は、オリフイスに達して目づまりを起こさせる以前に阻止される。」(二八二頁右下欄一五行ないし二八三頁左上欄一四行)「斯くしてフイルタ22とプリントヘツド15(18の誤記)との間で書字装置に混入する如何なる微小片も、これらがノズル近くに置かれたフイルタ39で除去されるので、問題とならない(二八二頁右上欄六行ないし一〇行)との各記載があることが認められる。
右記載によれば、第三引用例の装置におけるフイルタ39は、ノズルオリフイス28に到達する微小片を除去するためのものであつて、例えば四〇ミクロン台の有孔度の多孔性ポリアミドで作られたものであると認めることができるが、前掲甲第八号証を検討するも、右フイルタ39が前記のような本願発明及び第一引用例の各装置における如き液体の毛細管現象を呈するものであることを示す記載を見出すことはできないし、ポリアミドがその一般的性質として右のような毛細管現象を呈することを認めるに足りる証拠もないから、第三引用例の装置のフイルタ39が多孔性ポリアミドで形成されていても、これが毛細管現象の機能を果たすものと認めることはできないものというほかない。
そうであれば、液体の毛細管現象を形成すると認められる多孔性材料をインキ通路中に設けることが本願出願前周知であつたことを認めるに足りる証拠はほかにないので、このことが本願出願前周知であつたとする審決の認定は誤りである。
審決は右認定を前提として、相違点(ハ)に関し液体の毛細管現象を呈する第一引用例のスリツト23又は線ループ30に代えて液体通路中に泡材料エレメントを用いることが容易であると判断したのであるから、右認定の誤りが審決の結論に影響を及ぼすべきものであることは明らかである。
四 よつて、原告の本訴請求を正当として認容する。
〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
多数のポンプ室を持ち、記録媒体に隣接して可動する印刷ヘツドと、前記記録媒体に隣接して終る前記ポンプ室のそれぞれに接続された出口通路と、前記印刷ヘツドと共に動く液体溜めと、前記液体溜めと前記ポンプ室とを接続する少くとも一つの液体の通路と前記可動印刷ヘツドと前記印刷ヘツドと共に動く前記液体溜めとを装着するケーシングと、前記液体溜めから前記ポンプ室への液体通路に設けられた泡材料エレメントとからなり、この泡材料エレメントは多孔性材料から構成され、その気孔は液体の毛細管現象を形成し、前記液体通路の空気の流れを妨げるようにしたことを特徴とするインキ噴出プリンター用印刷ヘツド。(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
別紙図面(二)
<省略>
別紙図面(三)
<省略>